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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2298号 判決 1976年7月28日

控訴人 田中敬

控訴人 田中いの

右両名訴訟代理人弁護士 山口博

右訴訟復代理人弁護士 木谷嘉靖

被控訴人 戸部自動車株式会社

右代表者代表取締役 戸部勝男

被控訴人 寺島義和

右両名訴訟代理人弁護士 斎藤勘造

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人らの当審で拡張した請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは各自控訴人らそれぞれに対し、金一、〇一七万九、四六五円(当審において請求拡張)及び内金八四七万九、四六五円に対する昭和四七年八月一七日から、内金一七〇万円に対する本件判決確定の日の翌日から、各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決ならびに金員支払いを命ずる部分につき仮執行宣言を求め、被控訴代理人は控訴及び拡張請求棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

控訴代理人は、

一、控訴人らは、従来本件事故発生日時を昭和四五年四月六日午後四時三〇分ころと主張していたが、右事故発生時刻は同日午後三時三〇分ころであるので、右のとおり訂正する。

二、当審における請求拡張にともない原判決事実摘示の請求原因第四、五項を次のとおり訂正する。

四  損害

1  逸失利益相続分各金六二七万九、四六五円

亡田中孝一は本件事故当時満二二歳の健康な男子であって、家業のそば職人として働いていた。昭和四六年簡易生命表によれば右孝一は五〇・一八年の平均余命を有し、六三歳まで就労可能である。そして、労働省昭和四七年賃金センサス第一巻第一表によれば、産業別男子全労働者平均賃金及び年間賞与額等の特別給与額を顧慮した年間収入額は金一一四万三、三〇〇円であるから生活費率五〇パーセントとした年間純収入額は金五七万一、六五〇円となる。そこで、右年間純収入額に残存就労年数のホフマン係数二一・九七を乗じて孝一の逸失利益を算定すると、金一、二五五万八、九三〇円となるから、控訴人らはこれを平分した各金六二七万九、四六五円を相続した。

2  葬儀費各金二〇万円

控訴人らは孝一の葬儀費として金五八万円を支出し、各平分して負担した。右金額のうち控訴人ら各自二〇万円(合計四〇万円)は本件事故と相当因果関係があるので、それぞれ右金二〇万円の賠償を求める。

3  慰藉料各金二〇〇万円

控訴人らは孝一の本件事故による死亡により多大の精神的損害を受けたので慰藉料として各金二〇〇万円の賠償を求める。

4  弁護士費用各金一七〇万円

控訴人らは本件控訴提起の際、控訴代理人に対し、その請求が認容された場合にはその二割相当額を報酬として支払う旨約し、控訴人らがこれを平分して支払う約定である。また控訴人らは本訴提起の際、第一審原告代理人弁護士岡田信雄に対し、着手金として金一五万円を支払い、控訴人らはこれを平分して負担した。

右着手金及び請求額の二割相当額のうち各金一七〇万円の賠償を求める。

五  よって、控訴人は被控訴人各自に対し、それぞれ金一、〇一七万九、四六五円及び内金八四七万九、四六五円に対する昭和四七年八月一七日から、内金一七〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、各支払済みに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

なお、被控訴人らの時効の主張は争う。

三 本件事故については、次のような事実があるので、被控訴人らにつき免責の要件は充足されない。

(一)  自動車の後写鏡は自動車の外側線上後方五〇メートルまでの間にある車輛の交通状況を確認できるものでなければならないのに、甲車の右サイドミラーは当時その後方約二〇メートル位までの車輛の交通状況しか確認できない状態であり、そのため被控訴人寺島は甲車の右サイドミラーで乙車が至近距離に接近してはじめてこれを認め、あわてて急ブレーキをかけたため本件事故発生に至ったものである。

(二)  右のとおり被控訴人寺島は乙車を認めて急ブレーキをかけ、その際甲車の停止距離は一五・五〇メートルであるから、空走距離、制動距離に関する経験則からみて甲車及び丙車の当時の時速は三五キロメートル以上であった。

(三)  本件事故当時、甲車の右側は車道路左端から三・六〇メートルの地点にあり、下り第一車線(幅員三・二五メートル)より甲車は〇・三五メートル、丙車は〇・六〇メートル、それぞれはみ出して進行していたものである。

(四)  丙車は、甲車のクレーンでその前輪を約三〇センチメートル吊り上げられたうえ、連結パイプで連結されており、甲車の右連結パイプの固定部分を基点として丙車は横弧運動(横ぶれ)を起し易く(その横ぶれ幅は少なくとも六〇センチメートルから八〇センチメートル)、したがってその付近の走行者を巻き込み易い状態にあったところ、丙車には右巻込み防止のための防護柵(サイドバンバー)がなかった。

(五)  本件事故現場付近は高、中速車とも制限時速五〇キロメートルであって徐行区域でないから、乙車(中速車)には何ら速度違反はなく、また乙車は下り車線をやや左に寄って(右側を追越した小型貨物自動車があったので)直進したのに過ぎず、いわゆる追越し(進路を変え追いついた車輛等の側方を通過し、かつ当該車輛等の前方に出ること)ではないから追越禁止違反でもない。

そして、右の事実に被控訴人寺島が本件事故当時二度の衝突音(接触音)をきいたと言ったこと、孝一の死体及び乙車の位置(丙車の下、内部に入り込んでいる)、状況(その頭が同人の進行方向とは逆方向に向き、頭部、顔面、左大腿部を轢過されている)、孝一が丙車に接近したときはまだ転倒していなかったことなどをあわせ考えると、被控訴人寺島が甲車を前記の状況で運転中、乙車が丙車に接近してきたので、あわてて急ブレーキをかけたためきわめて危険な状態にある丙車に前記横ぶれを生じ、防護柵がない丙車に乙車及び孝一を巻き込み、転倒させてこれを轢過したものである。したがって本件事故はもっぱら被控訴人寺島の安全運転義務に違反する過失によるものであって、孝一にはなんらの過失もない。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

被控訴代理人は、

一、控訴人らの本件事故発生日時に関する新主張は否認する。本件事故発生日時は昭和四五年四月六日午後四時三〇分ころである。

二、請求原因第四、五項の新主張は争う。

かりに控訴人らがその主張のような損害賠償請求権を有するとしても、当審における請求拡張部分については消滅時効を援用する。すなわち、本件事故は昭和四五年四月六日発生したものであり、控訴人らは右事故発生と同時に損害の発生及び加害者を知りながら、それより三年間右請求権を行使しなかったものであるから、右請求拡張部分については昭和四八年四月五日の経過をもってその請求権は消滅したものである。

三、甲車による丙車のけん引方法には違法な点はないのみならず、その安全措置にも欠けるところはない。すなわち、甲車は丙車の前輪をクレーンで吊り上げたうえ、横ぶれ防止のため鉄パイプで両車を連結する安全措置をとっている。たゞ右連結が完全固定でないのは、両車がカーブや交差点を安全に曲る必要上当然である。また、故障車である丙車に巻き込み防止のための防護柵を取付けることは法令上も要求されていない。なお本件交通事故は甲車及び丙車の構造、機能と全く関係がない。

控訴人らは、二度の衝突音(接触音)があったこと、丙車に横ぶれが生じうることなどを根拠として、甲車が急ブレーキをかけたため丙車が横ぶれを起して乙車を巻き込み孝一を轢過した過失があると主張するけれども、二度の衝突音があったとの点については、乙車のステップ痕等によって動かし難い甲車、乙車の進路関係を合理的に説明できないものであり、また本件では甲車は急ブレーキをかけたことはなく、ごく自然に停車しているのであるから丙車の横ぶれは全く起らなかったものであるし、横ぶれが起ったとしても、甲車及び丙車の時速、空走距離、伝導距離、制動距離等の関係から、その横ぶれを起す前に孝一は轢過されていたものである。したがって甲車が急ブレーキをかけてもかけなくても本件事故は不可避であり、その意味で被控訴人寺島に責任はない。また、乙車のステップ痕の存在からみて、本件事故直前には孝一は乗車のバランスを失い、横倒しの状態にあって、運転操作の自由を全く失っていたものである。

と述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、本件事故の発生

控訴人らの長男田中孝一が昭和四五年四月六日午後、東京都板橋区三園二丁目三番一〇号先道路において笹目橋方面に向って乙車(自動二輪車)を運転走行していたところ、被控訴人寺島が運転し、同方向に進行する甲車(クレーン車)がけん引している丙車(ダンプカー)の右後輪に頭部を轢過され即死したこと、被控訴会社が甲車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

右事故発生時刻につき控訴人らは午後三時三〇分ころであると主張するけれども、≪証拠省略≫中、右主張に符合する部分は、≪証拠省略≫と対比すると容易に信用できないし他に右主張を認めるべき証拠はなく、かえって右証拠によると本件事故発生時刻は同日午後四時三〇分ころであることが認められる。

二、本件事故の状況及び双方の過失の有無

(一)  ≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が認められる。

本件事故現場は、笹目橋を経由して国道一七号線、大宮、浦和方面と朝霞市、和光市を経由して都内練馬方面とを結ぶ幹線道路(都道二六号線、通称大宮バイパス)上で、右道路は、市街地道路であるが、車道幅員一三メートルの見とおしの良いアスファルト舗装道路である。東北方笹目橋方面に向って約二〇〇メール地点までは直線平坦で車道中央にセンターラインの表示があり、上り下り車線とも自動車二台が併進できる余裕があるが、車輛通行帯の設置はなく、交通規制として駐車禁止、追越禁止、制限速度高中速車五〇キロメートルとなっている。当時右道路面は乾燥して良好な状態であったが、右道路は交通量が多く、当時も車輛が輻輳し時速二〇キロメートル、車間距離一〇メートルくらいで車輛が連続進行していた。

甲車は、故障車である丙車の前輪をクレーンで約〇・三〇メートル吊り上げたうえ、両者を連結パイプで連結して丙車をけん引していたが、甲車の幅は二・二〇メートル、長さは六・五〇メートル、重量は五、六六〇キログラム、丙車の幅は二・四五メートル、長さは六・八八メートル、重量は六、六五〇キログラムであった。乙車はホンダスーパーカブc七〇で総排気量七二cc、六・二馬力、長さ一・七九五メートル、幅〇・六四〇メートル、重量七五キログラムであった。

被控訴人寺島は、丙車をけん引する甲車を運転し、下り車線の左側を渋滞気味の車の流れに沿い時速約二〇キロメートルで直進していたが、車道左端から甲車の右側は約三・六〇メートル、丙車のそれはさらに〇・一五メートル前後右よりのところに位置していた。

ところが、丙車の右後方から進行して来た乙車が丙車の右側後方の車道左端から四・二〇メートル付近のところで突如乗車の平衡を失い極度に傾斜してそのステップ痕を路面に残しながら斜め左前方の丙車荷台下に突入して転倒し、丙車の右後輪で孝一はその頭部、顔面部及び左大腿部を轢過されて即死した。

被控訴人寺島は、本件事故直前まで甲車及び丙車の左右後方の交通状況に格別の異常を認めなかったので、もっぱら前方を注視して進行していたところ、たまたま甲車の右サイドミラーを見た際、丙車右側に異常に接近してくるものを認め、危険を感じて制動措置をとった瞬間、接触音をきいたので通常の制動措置により約一五・六〇メートル進行して停車した。なお、当時甲車の右サイドミラーからは丙車の右後方二〇メートルくらいまでの交通状況が認められた。

本件事故現場の道路面には、車道左端から約四・二〇メートルの地点にはじまり車道左端から約三・五〇メートルの乙車が転倒した地点まで斜めに長さ約五・一〇メートルにわたる乙車の左ステップ等によって作られた擦過痕があったが、甲車及び丙車のスリップ痕はなかった。

丙車をけん引した甲車には本件事故の原因となるような構造上の欠陥、機能上の障害はなかった。

以上のとおり認められ、≪証拠省略≫中、本件事故後被控訴人寺島が二度の間隔を置いた衝突音(接触音)をきいたと言った旨の部分は前掲証拠と照合すると容易に信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

なお、≪証拠省略≫には、丙車右後輪タイヤに接触痕があった旨及び被控訴人寺島の指示説明として乙車が丙車の右後輪タイヤ付近に寄って来た旨の記載部分があるが、右接触痕は、≪証拠省略≫によると、右後輪タイヤの一部に埃状のものがとれた跡があった程度で、乙車あるいは孝一が右後輪に轢過される前これに接触して生じたものであるか、あるいは轢過の際生じたものであるかは明らかでなく、右接触痕の存在も前記認定を左右するに足りない。

以上の事実によれば、被控訴人寺島は、丙車をけん引する甲車の運転につき正規、通常の速度、方法によっていたと認められるところ、孝一が自らの運転操作の誤りによるものか、その至近距離にあった他の車輛の運転操作の誤りによるものか(前掲証拠によれば、その際乙車の右側を追抜いた小型貨物車があったことが認められる)明らかでないけれども、突如その運転する乙車の平衡を失い、極度に左傾して丙車の右後方から斜めにその荷台右側下に突入、転倒したものであって、被控訴人寺島としては、これを避ける適切な方法がなかったものというべく、他に特段の事情も認められない本件においては、同人に過失がなかったものといわざるを得ない。

(二)  控訴人らは、本件事故当時被控訴人寺島は甲車及び丙車を時速三五キロメートル以上で第一車線をはみ出して進行させ、しかも甲車の右サイドミラーは当時後方約二〇メートルまでの車輛の交通状況しか確認できない状態であったので、乙車が至近距離に接近してはじめてこれを認めあわてて急ブレーキをかけたため、けん引中の丙車に横ぶれを生じ、丙車に防護柵がないことと相俟って、孝一及び乙車を丙車下部に巻き込み転倒させて轢過したものであると主張する。

しかしながら、甲車及び丙車の当時の時速が約二〇キロメートルであったこと及び被控訴人寺島が急ブレーキをかけたと認められないことは前記認定のとおりであり、後者については甲車及び丙車のスリップ痕がなかったことからも明らかである。したがって、被控訴人寺島が急ブレーキをかけたために丙車に横ぶれを生じ乙車及び孝一を丙車に巻き込んだものと認めることは困難である。また、甲車による丙車のけん引方法には格別不適当な点はなく、故障車である丙車が当然防護柵を設置すべきものとは認められない。なお前記認定のような本件事故の態様からみて、丙車に防護柵があったならば、あるいは甲車の右サイドミラーにより後方五〇メートルくらいまでの交通状況を確認できたならば、本件事故が避けられたものとも認められない。さらに、本件事故現場付近にはいわゆる車輛通行帯が設置されていなかったことは前記認定のとおりであるから、甲車及び丙車は、いわゆる車線のはみ出し通行とはいえず、また本件事故の態様からみて、それが本件事故と直接因果関係があるとは認められない。

なお、乙車に制限速度違反がなかったかどうか、乙車の下り車線右側部分の進行がいわゆる追越しではなく、したがって追越禁止違反とならないかどうかについては本件証拠上必ずしも明らかでないけれども、他の点においてすでに孝一又は第三者の過失が認められることは前記のとおりである。

三、結論

以上のとおりであるから、本件事故は孝一又は第三者の過失によるものであって、控訴会社及び被控訴人寺島の過失あるいは甲車及び丙車の構造上の欠陥、機能の障害によるものとはいえない。

したがって、被控訴会社は自動車損害賠償保障法第三条但書によって免責され、被控訴人寺島については民法七〇九条所定の過失が認められず、被控訴人らはいずれも本件事故によって生じた損害を賠償すべき義務はない。そこで控訴人らの本訴請求は当審でその請求を拡張した部分を含めて失当であるから棄却を免れない。結局右と同趣旨の原判決は相当であり本件控訴は理由がない。

よって、本件控訴を棄却し、控訴人らが当審で拡張した請求を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 外山四郎 裁判官 篠原幾馬 小田原満知子)

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